「人間」であること


木曜7時間目の選択授業で「哲学対話」を実施しています。
以前、「正義とは何か」というテーマで対話を行ったとき、「自分にとっての正義が相手を傷つけるものであるとき、それは真に正義だと言えるのか」という壁にみんなでぶつかりました。
誰かを「傷つける」ことへの抵抗感と、自分にとって「信じるもの」の尊さを知っている彼らだからこそ、「正しさ」というジレンマに頭を悩ませたのだと思います。
最近話題の「ChatGPT」ならば、あらゆる情報を分析し瞬時に答えを出してくれます。
しかし私たちは、あらゆる状況と立場と感情を私たち自身の頭と「心」で分析しなければなりません。
この理屈ではない部分に私たちが「人間」であることの価値があるのだとしたら、生徒たちにはどんどん悩んで、迷ってもらって、自分が人間であることの価値、すなわち「私が私であることの価値」を育んでほしいと願います。